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働くということ、自分で稼ぐということ

私は2年半前に仕事を辞めて、今は専業主婦です。
「エコ」の世界にどっぷりと漬かり、毎日を快適エコ生活で暮らしています。
省エネ、節約ぐらしをしていると、本当にお金を使いません。
買いたいという欲求がどんどんなくなってくるのです。
代わりに、修理したり自分で作ったり、人から譲り受けることに
喜びを感じるようになり、精神的にも好循環が生まれています。

と書くと聞こえはいいのですが、少しやっかいな考え方も身についてきました。
「エコ」についての書籍の中には「経済成長」を批判するものもあります。
素直な私はまんまと感化され、
経済活動を否定的に見るようになってきました。
(元々その考えに進む傾向があったのは否めませんが)

経済活動=
電力、エネルギーを大量に使う。
不要なものを大量に生み出す。
過剰な労働時間、そして人間性の喪失を生み出す。
地球環境を破壊し、私達の健康をも奪ってしまう。
そんな構図を組み立てるようになってしまいました。

そしたら、もう働くことが罪のような気になってしまって、
気持ちの上での「引きこもり」状態です。
そんなことを友人に話すいつも驚かれました。
「あんなに働くのが好きなあなたが!」と。
そう、私は思い込んだら一直線。
とにかく仕事が大好きな人間だったのです。
でも、それも思い込んだら一直線。
仕事をやらないと決めたら、
かたくなに殻に閉じこもってしまったのです。

そんな私にある友人が
「あなたの言うことはとってもよく分かる。
でも、私は自由になるお金が欲しい。
お金があると安心する」と言うのです。
1年ほど前には、彼女の言葉の意味がよくわかりませんでした。
でも、最近になって少しわかりかけてきました。

半年位前から、
ちょっとしたお手伝いをしてお小遣い程度の謝礼もらうようになりました。
2年ぶりに私が稼いだお金です。
普段は夫の給料から必要な分をこづかいとして使っています。
でも、この小遣いと自分で稼いだ小遣いは全く違うのです。
全くの自由なのです。
映画を観に行っても、友人とお茶を飲みに行っても何の罪悪感もない。
何かに寄付しても、
その寄付先がどんな団体なのかを夫に細かくに説明する必要もない。
自分の意志のままにお金を使えるのです。

今まで私は夫に遠慮をしているつもりはありませんでした。
家事をしっかりやり、節約し、子ども達を守っているのは私。
夫が稼ぐお金は私も使う権利があると思っていました。
でも、実際には違ったのです。
やはり共有財産を使うときには
相手の許可が得られるかどうか気にしてしまうものです。
マンションの共有スペースであるベランダを
我が家の趣味だけで色を変更ができないのと同じですね。
(たとえがおかしいですか?)

自分のお金を自分で使うことの喜び。
お金を持っていることの安心感。
自立している自信。
お金を稼ぐ事、働くことは
自由を得ることなのだなと思ったのです。

やっぱり働こう。お金を稼ごう。
経済活動の中に入って、環境を害するようなことはしたくない、
その気持ちは今ももちろん変わっていません。
働く場所は自分の納得の行くところしかあり得ません。
そうでなきゃ「快適エコ生活」は崩壊してしまいます。
できたら今までの私を育ててくれた社会にお返しできる仕事がいいな。
何ができるかな。
そんなプランを立てるのも楽しそう。
「環境に優しい経済活動」をモットーに仕事作りに取りかかりましょ。

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私の仕事への気持ちをさらに後押ししてくれた一冊。
「南国港町おばちゃん信金」
著者:原康子
出版元:新評論
by sunnydrops_tokyo | 2014-10-15 23:37 | その他
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